Search




Archives

2012年7月20日

『うつ病』は人生に与えられた『熟考』の時間

私は、自分は「うつ病」だったとき、その関連の本をたくさん読みました。
それらの本はいまでも本棚にあります。
ふと、本棚にあった本を整理していて、パラパラめくっていたら、この自分を助けてくれた言葉と再会しました。
「『うつ病』は人生に与えられた『熟考』の時間」という言葉です。

私の経験ですが「うつ病」は、そのなった経緯や、背景がいろいろ異なっています。
「うつ病」の関連本には、治療法やその考え方がいろいろ書いてあるのですが、どうも腹におちる本がピンポイントでは見つからなかったというのが正直なところです。

そこの中には、「うつ病の人」、「うつ病の周囲の人」に対しての常識みたいなことも書いてあります。
ただ、私は、その一般的な常識を守っている間は、一向に回復に向かわなかった経験があります。

例えば、「仕事の復帰はもとの職場にする」ですが、私の場合はこれがよくなかったです。
「うつ病」の原因の一つは、その人の心のメカニズムが関係しています。
私の場合は、治療して、少しよくなって職場復帰しても、心のメカニズムが変っておらず、また同じ環境でまた再発してしまいました。

理由は「病気」は治っても、「心のメカニズム」まで完全に健康に変えられるかというとそれは難しいかったのです。
「心のメカニズム」はその人のもっているパラダイムです。
「心のメカニズム」を変えるということは、その人自身を変えてしまうということに近いのです。
「心のメカニズム」が変えられないのであれば、「環境をかえるしかない」と考えるようになったのです。

このように、私にとって回復をさまたげる常識がいくつかありました。
「~してはいけいない」という制約の常識とは別に、「~するとよい」というアドバイスは役に立ったものがいくつかあります。

その代表格が「『うつ病』は人生に与えられた『熟考』の時間」でした。
うつ病で休職している間、時間はとてもありました。
その間で、本で知識をインプットするだけでなく、自分の考えを「熟考」→「メモ」という形でアウトプットしていました。

すると、自分の思い込みや、勘違いの発見から始まって、自分ってなんだろうって思い、更に病気がよくなってくると「病気がなおったらこんなことがしたい」といたところまでいくことができました。

また、人生を超特急で走り抜けて、つまずいてしまったしまった自分にとって、『熟考』の時間はとても新鮮でした。
「人生に与えられた『熟考』の時間」が、人生を変えました。
「『熟考』の時間」は、あわてず、ゆっくり過ごすのが、よいと思います。
私にとっては、これが「人生の休養」になりました。

これは、あくまでも私の体験です。
でも、自分の体験を発信することは、「うつ病」を体験した人としての役割だと思っています。
だれか一人でも役に立てれれば嬉しいです。