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2013年1月23日

「人に認めてもらいたい」願望は疲れる

人には「人に認めてもらいたい」という願望がある気がします。

「人の役に立っている」という気持ちは、人を強くします。
ただ、その「人の役に立っている」かどうかの評価を、すべて人にゆだねてしまうと、とても疲れます。

自分だけでの絶対評価ができれば、それがもっとも良いと感じます。
しかし、自分だけで絶対評価ができるということは、自分自身の価値のものさしを自分でしっかり持っているということになります。
そんな強く成熟した人とはなかなか出会えません。

そんなことを言っている私も自分の評価が自分でできない人間です。
最近はそれでも減ってきましたが、生来のネガレィブさも手伝って、他人の顔色を伺うことが多いです。

この「他人の顔色を伺う」というのは曲者です。
なぜなら、自分としては相手にとって「役に立っている」ことをしているつもりでも、相手にとってはそうか感じられないことがあります。
価値観が完全に一致することなんてないと思いますので、当然のことだともいます。

もっと言えば、相手は「役に立っている」と感じたとしても、その人の体調や、別の心配事で、冷たい対応をとってしまうこともあります。
人間なのだから、そんな感情に左右されることも仕方がないと思います。

「人に認めてもらいたい」という願望は必ずあると思いますが、それを「相手の評価」や「相手の反応」にゆだねると、少し疲れるのではないかなぁ...って時々思います。