Search


Archives

2013年3月31日

もっと時間をとって自然に触れたい

今日も、仕事の合間に家の前の公園で少し休む時間をとりました。
この時期は一日一日と景色が変わっていきます。

昨日までの桜の満開が、一日の雨でもう散りかかり、街の雰囲気を変えています。
桜の満開の時は、視線はいつも上を向いていた気がします。
でも、それが落ち着つき視線を元に戻すと、そこにはいつもの緑が広がり私を癒してくれます。

2013-03-31-01.jpg

2013-03-31-02.jpg

もう少し暖かくなると、家の前の公演は土筆で覆われます。
どんどん成長する土筆をみるのは、これもまた自分に元気をくれます。

四季の移り変わりなんて、以前の自分の中では当たり前の出来事でした。
でも、自然がこんなに自分に元気と癒しを与えてくれるなんて、すっかり忘れていました。

もともとアウトドアが大好きだったのに、いつの間にか仕事に追われ、がむしゃらに進んでいます。
自分の想いで一生懸命に仕事をして、事業を形にしていくのはするのはとても楽しいです。
ただ、その過程で自分の大好きな自然のありがたみ忘れてしまってはいけないですね。

最近、いろいろな出来事が起きて、心身ともに疲れることが多々ありました。
それで、自然に助けを求めたことで、自分が自然がとても好きで、そこから元気と癒しをもらっていることに、再度気づくことができました。

これからは、仕事が忙しくても、もっと時間をとって自然に触れたいですね。

2013年3月30日

パオパオは私以上に私をよくわかってる

最近は週末になると「パオパオ」や「自然にふれる」のネタが多くなってすみません。
たぶん、自分の中で、癒しを求めているのだと思います。

パオパオは、私以上に私をよくわかっています。
最近は、私のそばにいつも寄ってきます。
パオパオは家族中で一番弱っている人の横に寄ってきて、体をくっつけたり、ペロヘロなめたりします。
パオパオの中では、家族の中で一番疲れているように見えるのが私なのだと思います。

仕事をしていると、仕事机の横で「私、見守ってますから」って感じでお座りしています。
そして、時々、こっちを振り返ったりします。
リビングで休んでいると、お尻をくっつけて座ってきます。
かなり、パオパオには、癒しと元気をもらっています。

2013-03-30 -01.jpg

最近は自然にふれる大切さを身をもって感じているので、週末になるとパオパオ、かみさんと一緒に散歩にに出かけます。
それも、いつもと同じ近所の公園ではなく、車で15分程度に散在するいろんな公園に出かけます。
今日は「大府みどりの公園」に行きました。

パオパオの散歩というより、私の気分転換がメインになっている感じです。
公園で、パオパオを腹の上にのっけて、青空をみていると、とっても心が楽になります。

2013-03-30 -02.jpg

2013-03-30 -03.jpg

今は桜も綺麗ですので、外に出かけると、いろいろな方向から、たくさんの元気がもらえますね。

2013-03-30 -05 .jpg

2013-03-30 -06.jpg

2013-03-30 -07.jpg

パオパオには、多分「私が助けないと、この人ダメだから」って思われていると感じます。
こんなちっちゃな小犬に心配されて情けないですが、この際、甘えちゃおうと思います。

大きな自然に抱かれて、家の外には頼もしい仲間がいて、家の中には癒しの家族がいるって、私は本当に恵まれていると思います。
この恵まれた状態を大切にするためにも、自分に正直に、そして手を抜かず生きたいですね。

2013年3月29日

自分には過ぎた仲間達が助けてくれている

自分って人にお願いするのが本当に苦手です。
人にお願いするのを申し訳ないと思ってしまい、結局仕事を抱え込んで、一人で苦しむなんてことがよくあります。
これは昔からの私の性格で、根本からは直らないのかもしれません。

でも、最近はずっとバタバタが続いており、自分一人で対応できる状況ではなくなってきています。
また、一人で解決策が見つかるようなレベルではなく、案件の難易度も上がっています。
私の能力を考えたら、現状は完全に自分の限界を超えていると感じます。

ただ、本当に自分が困っているとき、自分の状況をちゃんと伝え、助けを求めると、たくさんの人の助けを得られることも最近多く体感しています。
自分で、こもって一人で苦しんでいると「もっと早く、こちらにちゃんと言え!」って怒られます。
これは、本当に幸せなことです。

「うつ病」の原因でもあったため、一人で仕事を抱えてはいけないと頭ではとても理解できています。
でも、自分では、それがなかなかできなくて、情けなくなることがあります。

それでも、「自分にはちゃんと助けがある」ことを、周囲の人達がそれぞれ身を持って教えてくれています。
未熟な自分には過ぎた仲間にたくさん囲まれていると痛感しています。
自分の努力を放棄してはいけませんが、本当は、自分の限界を超える前に、ちゃんと周囲に助けを求められるようになりたいです。

こんな、当たり前のことができない自分を振り返り、自分にちょっと呆れてしまいました。
街は綺麗な桜がたくさん咲いて自分の心を癒してくれています。
そんな自分を助けてくれる仲間がたくさんいる幸せを、かみしめているところです。

2013-03-29.jpg

2013年3月28日

自分の世界を狭くとらえず、広くとらえる

自分の世界を広くとらえることで、つらいことなども薄まっていきますね。
何かの場面で辛いことがあった場合、その場面だけで物事を考えていると、いつまでたっても辛いばかりです。

ところが、視野を拡げてその辛い場面を考えれれば、「辛い出来事」も拡散し薄くなっていきます。
同じ量のインクをコップにスポイトで落としたとき、受側のコップに入っている水の量でインクの濃さは変わります。

もちろん、その辛い出来事の絶対量は変わらないのです。
でも、それが入っている容器(視野)を拡げることで、相対量は薄まっていくのです。

最近、いろいろと出来事が同時にあちこちでおきています。
それぞれを考える時、それぞれの場面場面での視野が狭くなっている気がします。

ひとつひとつがどれも大切なことなので、しっかり考えないといけません。
でも若干心が疲れているようなので、ひとつひとつの辛い出来事を濃くしないためにも、近視眼的になりすぎないようにしないといけないですね。

2013-03-28-01.jpg

2013年3月27日

ネガティブの次は必ずポジティブがくる

時々、何も考えられなくなる時があります。
正しく思考停止状態です。

私の頭はとても単純で、同時に二つのことは考えられません。
一つの出来事を考えているうちに次の出来事が入ってきてしまうと、思考が停止します。

それも、精神的に動揺するような出来事が入ると、あっと言う間に思考停止になります。

もともとメンタル面は弱いのですが、思考停止への現象が極端すぎて笑えます。
もっと、頭も回転も、メンタル面も成長したいものです。

最近は、いろんなことを考え込んでしまう場面が多いです。
常にこんな状況だと、普通な思考ができなくなります。

ただ単に、結果の出ないことを堂々巡りで悩んでいるだけです。
先を目指して考えることが大切であることは、自分ではわかっているつもりです。

でも、頭でわかってのと、実際にできるのは違いますね。
一日も早く、様々な出来事のネガティブスパイラルから抜け出たいですね。

でも、ネガティブの先には、必ずポジティブがあります。
これだけは、これまでの体験から腹に落ちているので、それを信じて進みたいです。

2013-03-27.jpg

2013年3月26日

自分の存在確認としてのブログ

自分はブログなので自分の思っていることをかなり正直に書いています。
これは、誰のためのというわけではなく、自分のためです。
毎日、自分の感じた出来事、体験した出来事を記していかないと、自分自身がよくわからなくなってしまうのだと思います。

いわばブログに自分のことを書いているのは、自分の存在確認です。
もしかしたら、自分の存在というものは、それだけ弱いものなのかもしれませんね。
自分の存在を確認するのに、自分で自分を書くという作業が必要なのも困ったものです。

ただ、もっと確実に自分の存在を確認できることがあります。
それは、リアルとネットの友人、仲間、家族の存在です。

自分の自分に対する問いかけに対して、友人、仲間、家族が応えてくれます。
これほど確かな自分の存在確認はありません。
そこに友人、仲間、家族は確実に存在しているのですから‥

心が疲れて、自分が自分に自信を持てなくなっているとき、それを救ってくれるのが友人、仲間、家族です。
ありがたく、とても大切ですね。

実は、今日もお客さんが終わったあと、途中の公園でちょっとボンヤリしていました。
こういう時間が、間違いなく、思考を良い方向に持っていってくれていると思います。

2013-03-26-01.jpg

2013-03-26-02.jpg

2013年3月25日

自分のペースで自分のできることを素直にやる

どうも最近は「パオパオ」とか「自然に抱かれる」とか、心を自分で癒すには...ってブログに書いていることが多いですね。
やっぱり、心身がちょっと疲れているのかなって感じています。

私の場合は心身(特に心の方)が疲れると、神経が過敏になってきます。
でも、その分いつもよりもいろいろな発見や体感をしているように思います。

神経が過敏になると、いろいろと辛いことがいつもより過大に見えてしまうことがあります。
しかし、逆に、「いつもは見逃していた風景」や「人の優しさ」を感じることができます。

2013-03-25-01.jpg

2013-03-25-02.jpg

2013-03-25-03.jpg

そして、更には「自分の心の声」も、よく聞こえるようになります。

それらは、バタバタしている最中は、あまり見えないものでした。
バタバタしている最中、私の心の声は、ずっと休むように訴えていたように感じます。
それを無視するかのように三月は動いていました。

すると、心の声は聞こえなくなり、自分はさらにガムシャラに動いていました。
やがて、精神的、肉体的に疲労がピークになったようです。

それがピークを越えた時、「いつもは見逃していた風景」や「人の優しさ」そして「自分の心の声」を感じるようになれているのではないかと思います。

自分の感じる様々なものにもっと素直になり、少し自分のペースを修正したいと思います。
自分の仕事や役割を「うまくやっていこう」とすると、自分のペースがおかしくなります。
自分のペースで自分のできることを素直にやっている時が、結果として、自分の仕事や役割を一番「うまくやれている」時かもしれません。

2013年3月24日

はい、パオパオのおかげです ^^

天気の良い日曜日だったので、パオパオの散歩を少し遠出しました。
遠出といっても「大高緑地公園」なので、車で15分ぐらいです。

最近よく書いていますが、天気の良い日に外に出て自然にふれると、とても心が癒されます
ぬけるような青空、木々の緑、緩やかな水面、さわやかな風、幸せそうにはしゃぐ人々...、みんなから力をもらっている感じです。

2013-03-24-02.jpg

2013-03-24-01.jpg

2013-03-24-03.jpg

そして、今日はパオパオも一緒です。
パオパオが言っているようです。
「私がいるから外にでてるんでしょ」って。

たしかに、パオパオが家に来るまで、ちょっと外に出ようなんて気持ちは全くおきなかったです。
外に出るくらいなら、資料を一枚でも進めた方がよい...なんて思っていました。

ただ、パオパオが来てから、パオパオの散歩にかこつけて外に出るようになりました。
そこで、外で自然に触れると心が癒されることを体感したのです。

今日はずいぶんパオパオに「私のおかげでしょ、私のおかげでしょ」って言われている気がしました。

パオパオ(動物はみなそうかもしれませんが...)は、家族で一番疲れていたり、体調が悪い人のところに寄ってきます。
ここしばらくは、私のところによく寄ってきます。
私が疲れていると思っているのだと思います。

「はい、パオパオのおかげです」って思わず応えてしまいました。
気のせいかパオパオも満足げでした。

2013-03-24-04.jpg

2013年3月23日

自然との一体感、心が癒されます

最近、本当に自然の中に抱かれるのが、心癒されます。
新入社員研修の準備や、来期からのコンサル・セミナー企画書に追われている状態が続いています
でも、ちょっとの隙間時間があれば、外に出るようにしています。

今日も、コンサルから帰る途中に牧野ケ池緑地で、ぼんやりと池を見ていました。
日常とは違う緩やかに流れる時間の中で、やさしく水面を刻むさざ波を見たり、ちょっとひんやりした風を感じていると、心の癒され、元気がでてきます。

2013-03-23-01.jpg

2013-03-23-02.jpg

ある社長に言われました。
「宿澤さん、なんか疲れているみたいだけどどうしたの?」
今年に入って3か月程、いろいろなことが同時多発的に起こっており、ちょっと疲れた顔をしていたのだと思います。

「また、いろんなことを、全部自分のせいにして疲れてんじゃないの?」
この社長には何にも隠せないです。

「全部自分のせいにして、自分を責めるのは傲慢だよ」
...いつもこう言われます。

「いろんなことを自分のせいするのは、自分ならなんでも解決できるとと思っているんだよね。神様じゃないのだから、あ、仏様か...じゃないんだんから、無理、無理」
全くいつもと同じ会話が続きました。

こんな会話もあって、池をぼんやり見ていたものだから、なんとなく、とても元気が出てきました。

4月から新入社員研修や、新しいコンサル・セミナーがいろいろと始まります。
その準備で、今はバタバタしています。
でも、5月の中盤以降は少し時間が空く予定です。
ここで、近場でもいいので、かみさんと旅行でも行きたいなぁって思っています。

元気が出てきたので、おもむろに池を見ながら仕事を始めました。
こういうのが、いけないのですよね...。

2013-03-23-03.jpg

2013年3月22日

名古屋商工会議所で「経営者のためのネットショップ講座」

名古屋商工会議所で「経営者のためのネットショップ講座」を行ってきました。
ネットショップ講座といっても、どちらかというと「ビジネスプラン講座」です。

これまで、名古屋商工会議所では、あまりしたことがないとのことで、会員さんでこれまで、セミナーに参加したことのない人も多く参加してくれたそうです。
セミナー終了後に、多くの方と名刺交換をさせていただくことができました。
また申し込みベースで140人を超えたことで、主催者の方にも、喜んでいただくことができました。

2013-03-22 12.33.56.jpg

2013-03-22-01.jpg

名古屋商工会議所の年度末ITセミナーも3年目になり、少しずつ根付いてきた感じがします。

セミナーをしていて思うのですが、例えば毎年、同じ時期に、似たテーマ(例えばIT)でセミナーを継続していると、そのセミナーの存在が周知されてくる傾向があります。
お客さんの方で、「大体、この時期にセミナーがあるぞ」と意識してもらえれば、こんなに嬉しいことはありません。

以前、別の場所ですが、やはりITセミナーを同じ時期に4年程続けていたことがあります。
講師は私ではなく、ITの最新トレンドやその事例を話せる方を探して、話してもらっていました。
講師が私ではないこともあって(?)、毎年好評を得ていました。

ただ、やむを得ない事情で中止となりました。
その時に、多くの方に「今年は、ITセミナーないの?」と質問を受けました。
このITセミナーもかなり周知がされていたのだな...と、少しもったいない気がしました。

今、名古屋商工会議所で、行わせていただいている年度末のITセミナーは、できればこれからも継続させていただけると嬉しいです。

...という想いはおいといて、セミナーを通じて毎年たくさんの出会いがあります。
今日も、人数が多かったので、後ろの方にはご迷惑をかけたと思います。すみませんでした。
ただ、今回も、とても楽しく話すことができました。ありがとうございました

2013年3月21日

「完璧主義者」と「完璧中毒症」

世の中には「完璧主義者」と「完璧中毒症」の人がいると思います。

これも私の勝手な定義ですが、「完璧主義者」は「完璧に向かって努力ができる人」、「完璧中毒症」は「完璧でない状態が恐ろしい人」です。

一見、同じように「完璧」を目指しているように見えますが、「完璧主義者」は努力の結果、例え成果が80%でも耐えられる人です。
「完璧中毒症」は100%という完璧でない状態に怯えてしまい、自分の怯えた状態から抜け出すために、何が何でも100%を目指そうとする人です。

自分は、「うつ病」になってたとき、「完璧中毒症」という言葉を知りました。
「完璧中毒症」は常に追われた精神状態で、完璧に向かって進んでいってしまいます。
「完璧中毒症」の傾向が少なくなったとき、自分は「うつ病」は治っていったと思っていました。

ただ、最近、いろいろなことが同時におきて、また「完璧中毒症」の傾向が出ていた気がします。
昨夜、何人かの友人に「もっと気を楽に、気を楽に」とアドバイスされました。
周囲からは、「完璧中毒症」の私がありありと見えていたのだと思います。

「完璧中毒症」は自分を苦しめるだけだなく、その影響で周囲も苦しめてしまいます。
友人たちのアドバイスである「もっと気を楽に、気を楽に」を意識して、「完璧中毒症」から少しずつでも抜け出したいと思います。
そのようなアドバイスをしてくれる友人がいるということは、とてもありがたいことですね。

最近、ちょっと暗い写真が多いですが、夕暮れの事務所近くの道です。

2013-03-21.jpg

2013年3月20日

世の中は「勉強」「学び」「気付き」だらけ

「説得」と「納得」の違いを、自分なりに大切にしているつもりです。

「説得」は相手の意志よりも、自分を望む方向に相手を動かすこと。
「納得」は相手の意志を尊重し、相手の意思決定をサポートすること。
自分流ですが、このように定義しています。

自分の中では、「作業」をお願いするのは「説得」でいいと思っています。
でも、一緒に「仕事」をしていこうという人を動かすのは「納得」だと思っています。

「納得」してもらうには、とても時間がかかることがあります。
でも、その時間も含めて大切な時間なのです。

「説得」されて動かされたとしても、のちのち疑問が残ります。
ただ、自分で「納得」してもらえた時は、積極的に自分の意思で動いてもらえます。

自分の考えを相手に押しつけてしまうのは、重大な意思決定の時ほど危険だと思います。
自分で「納得」して決めるから、自分で動けるのです。

「納得」の大切さをとても感じながら、同時に自分は「詰め」が甘いと感じる出来事がありました。
この出来事を自分の中に「納得」して取り込んで行く必要があります。
未熟な自分が成長するには、それしかないのです。

世の中は、「勉強」だらけ、「学び」だらけ、「気付き」だらけです。
自分の「未熟さ」をきちんと腹に落とし、成長いきたいです。

夜の雨を見ながら、そんなことをぼんやり考えていました。

2013-03-20.jpg

2013年3月19日

「やってみないとわからない」こと

自分は今でもそうですが人前で話すのが苦手です。
「え? とっても楽しそうに話してますよね」って言われることもありますが、いつもドキドキ、心配しながらしゃべってます。

実は、サラリーマン(NECソフト)の時は、人前でプレゼンするのが大好きでした。
その当時は、自分に自信がすごくありました。
ただし、それは全くの井の中の蛙、そして砂上の楼閣でした。

その後、「うつ病」になって、自分の中にあるすべての自信は崩壊しました。
自分の至らなさばかりが目につくようになったのです。

...と同時に人前で話すことができなくなりました。
人前に立つだけで脂汗がでてきて、まともにしゃべれなくなってしまいました。

実は、独立した時は、病気は治っていましたが、この人前でしゃべることの苦手意識はとても強かったです。
たまたま、中小企業診断士という仕事を選ぶことで、人前でしゃべるのを仕事にしてしまいました。
今、考えれば結構無謀な話です。

でも、コンサルとして話さなければならない状況が続いているうちに、少しずつですが、その苦手意識は減ってきている気がします。
何事も「やってみないとわからない」ですね。
できないと諦めていたことが、やっているうちにできるようになってくる...という体験を何回もさせていただきました。

人前で話すのは、未だに苦手です。
でも、松本で話している写真を撮っていただきましたが、結構生き生きと話しているように見えますね。

2013-03-19-01.jpg

2013-03-19-02.jpg

できないと諦めていたら、そこまでだったかもしれません。
ただ、生き生きと話しているように見えるレベルまで成長できたのは「わからないけどやってみた」からだと思います。

2013年3月18日

松本で今年度最後のITリーダー研究会

今年度最後のITリーダー研究会に松本に来ていました。

2013-03-18-01.jpg

ITリーダー研究会とは松本ソフト開発センターで行われている、インターネットのビジネス活用の勉強会です。

2013-03-18-02.jpg

今回のテーマは「モバイルデバイスをビジネスに活用する」というテーマで、主に販促への活用です。
セミナー形式で私が話をしたのですが、今回はもっと大きな成果があったと思います。

それは、研究会参加者のある方のリニューアルサイトへの改善アイデアをみんなで出し合えたことです。
研究会のように異業種の方が多く集まっている場所は、利害関係を超えて、実にさまざまな意見が出てきます。
それらの意見こそが重要だと思います。

一人のスピーカーの話に耳を傾けることも大切ですが、みんなの意見に耳を傾けることはもっと価値があることだと思います。
リニューアルサイトへの改善アイデアをみんなからもらった方は、そのアイデアの一つ一つをとても大切そうにメモをしていました。

その姿を見たみんなはもっと意見を出したいと思ったでしょう。
仲間のサイトに意見を出すというのは、出す側にとっても大きな学びです。

このような好循環がITリーダー研究会で起きるとうれしいと強く思いました。

そのあとの懇親会も楽しかったです。
気が付けば、ほぼ日付がかわっていました。

2013-03-18-03.jpg

2013-03-18-04.jpg

そのあと、松本城まで深夜の散歩に行きましたが、なかなか深夜のお城というのはよい雰囲気ですね。

2013-03-18-05.jpgvvvvvvvvvvvvvvvvvv

2013年3月17日

18回目の結婚記念日に思うこと

かみさんとの18回目の結婚記念日(正確には記念日前日)でした。
明日から、松本に行くので前の日のお祝いとなりました。
本当は松本に一緒にいく予定でしたが、私がバタバタしており、お流れに...(^o^)

ずいぶんと長く一緒にいる気がしますが、振り返れば一瞬のような気もします。
多分、私の勝手な予想ですが、仲はいいような気がします。

自分とかみさんはおそらく、真逆の性格をしていると思います。
だから、お互い必要なところを補いあえるのでしょうね。

何といっても、自分が「うつ病」のとき、それを乗り越えれたのはかみさんのおかげであることが大きいです。

以前にもブログに書いた記憶がありますが、自分は病気が一番ひどい時に、これまで書き続け打「日記」をやめてしまいました。
そんな時の日記帳みると中身はひどいものでした。
最後は意味不明のことを書いて「私の」日記は終わっていました。

ところが、続きをかみさんが書き続けてくれていました。
そこには私の病気の状態や、また治ってくれると嬉しい...といった事が書いてありました。
私には一切、私が病気のときの苦労話をしないかみさんですが、本当に辛かったんだなぁ、と改めて感謝の気持ちになりました。

「私の」日記の最後のページは、しわくちゃで、さらにテープで破れている部分が直されていました。
おそらく私がグチャグチャに丸めて破いて捨てたのでしょう。
それを、かみさんが拾って修復してくれたのだと思います。
かみさんがどんな気持ちで私の日記の修復作業をしたかと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

「歳をとったら縁側のある平屋に引っ越して、笑いながら、のんびりお茶をのむ」という夢を叶えるために、頑張りたいと思います。
そのためには、まずはお互いの健康ですね。

今日は二人で鶏料理を食べに行きました。
車ではなく、電車で行ったので、かみさんも結構飲んでいました。
こんなことを続けられるのも「小さな幸せ」ですね。

2013-03-17-01.jpg

2013-03-17-02.jpg

2013-03-17-03.jpg

2013年3月16日

多くの人は失敗に寛容だと感じることが多い

自分は、いつも失敗におびえ、失敗することで人から嫌われてしまうのではないかと不安になっています。
幼少期の体験も含めて、なぜこうなったのか...、何となく自分でも思い当たるところが何回かあります。
ただ、それも少しずつづ変化をしてきています。

何かするときに失敗はつきものです。
そんなに先まですべてを見渡せ失敗を回避できるのであれば、神様ですかね。
いつも失敗と隣り合わせで生きているわけです。

そして、失敗を恐れて動けないのは、交通事故を恐れて外に出られないようんものだと思います。
交通事故を恐れて閉じこもってしまうよりも、外に出た方が大きなものを得られる事が多いです。
同じ意味で、失敗を恐れて動けないのは、いろいろなチャンスを逃してしまうような気がします。

自分は、いつも失敗におびえ、失敗することで人から嫌われてしまうのではないかと不安になっています...と書きました。
しかし、相変わらず失敗ばかり自分ですが、「多くの人は失敗に寛容」だと感じることが多いです。

しかし、いくら「失敗に寛容な人々」でも、自分が失敗した後の態度や姿勢で、咎められることがあります。
それは、失敗から「逃げようとすること」「言い訳ばかりをいうこと」「ただ単に落ち込んでいること」...などです。

つまり「自分の失敗」に立ち向かっている時、咎められるより、むしろ多くの人は応援してくれてます。
失敗は帳消しにはなりませんが、「失敗にどういう姿勢」で向かっていくかはみんなが見ています。
そこで「逃げずに立ち向かっていく」ことで、逆に「信頼してくれる」場合も多いです。

多くの人は失敗に寛容だと感じます。
ならば、私のおかしている数多くの失敗に対して、せめて「逃げずに立ち向かっていんだ」という勇気がもらえますね。

周囲の人、自分の気持ち、大きな自然、いろいろなところから勇気をもらっているので前に進めていると感じます。

2013-03-16.jpg

2013年3月15日

自分のペースで進んで見える風景

人には人のペースがあります。
自分は、すべてにつけて、そのペースがとても遅いです...
時には、とてもスマートにスムーズに仕事を進めれる人を羨ましく思ったりすることもあります。

ただ、人のマネをしても、それは付け焼き刃です。
一旦はうまく進めれたとしても、すぐに化けの皮が剥がれてしまします。

背伸びをして、無理をして、自分を自分以上に良く見せようとしている時ほど疲れることはありません。
自分でない自分を必死に演じても、成長のベクトルがずれていってしまう気がします。

自分のダメなところ、情けないところ、至らないところも含めて自分を表現していきたいです。
こんな自分であっても必要としてくれる人はいるようです。
そんな人との時間を大切にして行きたいです。

すごいスピードで前を走って行く人に、必死について行こうとしても、それは自分のペースとは違います。
必死について行って、例えついていけたとしても、目的地が違っていることもあると思います。

自分の目的地は自分で描き、それに向かって自分のペースで進んでいくこと。
すると、自分の見える風景の中に、自分と同じペースの大切な人が見えてくるかもしれないですね。

街を行く人の歩くペースも人それぞれですしね。

2013-03-15.jpg

2013年3月14日

自然の力って偉大だなぁ

私の新事業支援センターの机には「コケぴよ」がいます。
額にホクロが付いた特製で「ヤドぴよ」と呼んでいます。

「コケぴよ」の説明はオフィシャルサイト(http://www.cokepiyo.jp/)にあります。
---------------------------------------
"コケぴよ"は、苔玉のひよ子です。
とさか(頭)の多肉植物は、生きています。2週間に一度程度、霧吹きで水をあげてかわいがってくださいね。
丸い顔、丸い目、丸いほっぺは、見る人の心を、ほのぼの癒してくれるのです。
---------------------------------------

そんなわけで、私を癒してくれている「コケぴよ」ですが、ここのところ「とさか(頭)の多肉植物」が元気がなくなってきました。
すでに半年以上も私を癒し続けてくれているので、もう寿命とも言えるらしいです。

ただ、センターの方が、多肉植物に添え木をして、水をあげ、生き返るようにいろいろと手を尽くしてくれました。
すると、完全にヘロヘロで元気のなかった多肉植物の先から、新たな芽が出てきました。

2013-03-14 .jpg

その、新たな芽は確実に成長してきています。
あまりの自然の力の偉大さに感動を覚えました。

われわれ人間も自然の一部です。
自然の一部である以上、当然、いろいろな出来事がおきますし、時には体や心が疲れることもあります。

「コケぴよ」の頭に生えている、とっても小さな多肉植物のたくましさを見ていたら、単なる「癒し」ではなく、「勇気」もくれていると感じました。

自分の人生を振り返った時、たかがしれた人生ですが、それでもいろんな壁にぶつかって、それなりに乗り越えているとと感じます。
小さな多肉植物も頑張っているのだから、自分だって頑張ろう!って、ふと思いました。

最近、人、動物、空、緑、川...、自然にずいぶんと力を与えられていると感じることが多いです。

2013年3月13日

自分は自分をさらして人と接すること

自分は人の気持ちを理解するのが下手です。
これは、これまで人生で何回も自覚をしたことです。

決して自分が人の気持ちを理解するのが下手だとは思いたくないです。
でも、自分より、人の気持ちをちゃんと理解してちゃんと気配りのできる人にたくさん出会ってしまっているのです。

自分は一応カウンセラーなので、これではいけないと思います。
ただ、一方でこれでいいと思う気持ちもあります。

人の心が理解できすぎて、理論やテクニックにいってしまうのはどうかと思います。
人の心が理解もできていないのに理論やテクニックにいってしまうのはもっといけませんが...

大切なことは、相手の心を理解する(よむ)以上に、偽りのない自分をさらけ出して、わかり合うことだと思います。
多少、人の心を理解するのが下手であっても、本当の自分をさらけ出すことで、わかり合えることができるのだとおもいます。

究極に不器用と言われる私が人とちゃんとお付き合いしていくにはそれしかないのでしょうね。

また、私のような未熟すぎるカウンセラーに話を聴いて欲しいという人がいるのが不思議です。
ただ、未熟故の懸命さが伝わっているのかもしれないと思いました。

...とすると、下手に相手の心をよむ訓練をするより、不器用なまま自分を出していった方がよいのかもしれませんね。

そんなことを、地下鉄のホームで考えていました。

2013-03-13 17.32.39.jpg

2013年3月12日

自分の周りにある小さな幸せ

「男なら大きな目標をもて!」「もっと儲けて金持ちになれ!」...。
よく、こういう檄を頂くことがあります。

経営者たるもの、大きな成長を目指して、自分へ、仲間へ、社会へ還元してしかるべきだと思います。
もちろん自分で起業したのですから、大きな目標をもちたいし、心の中には大きな目標を持っていると思います。

ただ、最近思うのは「自分の周りにある小さな幸せ」を見つけたときの嬉しさです。
「自分の周りにある小さな幸せ」が継続しているときほど、心が安定している時はありません。

心の安定は「ハングリー精神を失う」って話もよく聞きますが、心の安定なしに、より大きな目標を目指すのは難しいと思います。

自分の心の安定を続けていくためにも、「自分の周りにある小さな幸せ」を見つけて、見つかった小さな幸せが継続するよう努力したいと思います。

今日は某研修機関(自分を知っている人ならわかりますよね)で、4月からの新入社員研修の座席、ホワイトボード配置のシュミレーションをしていました。
こうやって、みんなで関われる作業を一緒にできることも「自分の周りにある小さな幸せ」だなぁって思いました。

2013-03-12-01.jpg

落書きしてないで、まじめに仕事します...。

2013-03-12-02.jpg

某研修機関の前を流れる新堀川...

2013-03-12-03.jpg

2013年3月11日

愛知県中小企業振興基本条例の周知

愛知県中小企業振興基本条例が制定されました。
同友会がらみで、地区に条例を周知するのに、日刊工業新聞の方とお会いして、意見交換をしました。
日刊工業新聞の方も中小企業診断士だったということもあり、いろいろと面白い意見が頂けました。

2013-03-11-01.jpg

愛知県中小企業振興基本条例というと、何か難しそうな感じです。
内容としては中小企業基本法をベースに、愛知県の地域にあわせた形になっています。

この条例に関しては、愛知県における中小企業支援の方法性、理念、ビジョンといったものです。
いきなり、融資がどうのこうのとか、販路開拓支援がどうのこうのといったものではありません。
ただ、行政が中小企業の声に耳を傾け始めたことが大きいと思います。

私は、中小企業診断士の勉強をしていいるとき「外部環境は変えられない」思っていました。
景気変動、消費者動向、法整備は、中小企業自身がどう動いても、なんともならないと思っていたのです。
しかし、外部環境の影響は甚大です。
内部資源を強化していたものが、外部環境の変化で吹っ飛んでしまう場面に遭遇しています。

愛知県中小企業振興基本条例が制定も、同友会も含め中小企業側の働きが大きいと聞きます。
中小企業ひとつひとつの声は小さくても、それを集めれば大きな声になり、「外部環境も良い方向に変えられる」可能性を感じました。

そのためには、中小企業ひとつひとつが自分の困っていることの声を上げることだと思います。

そんな、話をに日刊工業新聞の方とスタバで熱く語っていました。

2013-03-11-02.jpg

そして、今日も自然から力をもらうために、夜の散歩です。

2013-03-11-03.jpg

2013年3月10日

疲れたら自然の力を借りるといいですね

自分の家の前には小さな公園があります。
自宅兼事務所の私にとっては、疲れたり、緊張したり、不安になったりすると、その公園で時間を過ごします。

2013-03-10-01.jpg

ただ、何をするわけでもありません。
その公園のベンチにすわって、空を眺めるのです。

周囲から見ると不思議な光景かもしれません。
でも「空を眺める」のに、意味があります。

疲れたり、緊張したり、不安になったりすると自然とうつむき加減になってしまいまいます。
そうすると、物理的には肩が凝ってきますし、精神的にはもっと気分が沈んでいきます。

ちっちゃな自然でも構わないので、大空に向かって深呼吸をすると、大きな力がもらえる気がします。

まずは、体を大きく伸ばすことで、肩の力が抜けて、気分転換になります。
気分転換をすることで、もうひと頑張りしようと、力がわいてきます。

さらには、自分の疲れていることなど、自然のなかではきっと小さなものであると気付きます。
もちろん、私達にとっては、生きていくために大切だから、いろいろな悩みを持つのだと思います。
ただ、やっぱり自然の中では、些細なことなのかもしれませんね。

自分を大切にしながら、自分は本当にどうしたいのかを、公園のベンチで考えるのもいいものですね。

また、かみさん、パオパオと散歩に行くと、とても癒されます。
疲れたり、緊張したり、不安になったりすると世の中が嫌になったりすることもあります。
その究極の状態が「うつ病」になったことだと思います。

2013-03-10-02.jpg

2013-03-10-03.jpg

疲れたら自然の力を少し借りれると、いいですね。

2013年3月 9日

事実を事実として受け止める努力をする

どうも私は「分からないこと」「不明確なこと」「決まっていないこと」「先が見えないこと」などから不安に陥っていくようです。
それらの不安を誘発する想いが、事実なのかと振り返ると必ずしもそうではない気がします。

自分自身の中で、いろいろと考え込んでしまい、その混乱から自分自身をどんどん追い込んでいってしまうのかと思います。
自分には、事実の現状把握能力が足りていないのだと思います。

特に、同時多発的にいろいろな心配事が起きると、ある心配事が、他の心配事を、悪い方に増幅させてしまう傾向があるようです。
正直、自分の考えが事実かどうかわからないのに、自分の「思い込み」、「勝手な解釈」、「根拠ない断定」で、不安を増幅させているのだとおもいます。

「思い込み」や「勝手な解釈」「根拠ない断定」で「事実を歪めている」のですね。
「事実を歪めている」のに、正しい判断ができるとは思えません。

不安を減らすためには「事実を事実として受け止める努力をする」これに尽きると思います。

まずは、最悪の状態を紙に書き出し見える化します。
その後、この書き出したもの(見える化したもの)は事実か、自分に問いかけてみます。
事実ならば、自分はどんな行動がとれるのか。
このサイクルを、何枚の紙に書き出すこと自体が、事実を事実として受け止める努力をすることなのかなと思います。

こうやって性格的に理論でかんがえてしまいますが、今日はパオパオ、かみさんとの散歩で外に出て空を見上げました。
「青く広がった空」「パオパオの歩く姿」「かみさんとのさりげない会話」...
理論的ではないところで、得た活力は、自分をとても元気にします。
いろいろなことに心から「ありがとう」と言いたいです。

2013-03-09-01.jpg

2013-03-09-02.jpg

2013年3月 8日

「柔らか頭」で人生をいきたい

自分は本当に「コチコチ頭」だと思います。
経営者の方とお付き合いしていると、とても柔軟で発想が豊かな人に出会うことがあります。
そんな時、少し羨ましいと思ってしまうことがあります。

自分が「コチコチ頭」なのは、生まれつきという性質もありますが、それ以上に後天的なものが大きいです。
もともと能力が高くないのに、なぜか周囲の期待だけは大きい場合が多いです。
その期待に押しつぶされそうになることもありますが、でもやっぱりそれに応えたいと思います。

ただ、思ったのですが「コチコチ頭」で「行動を制約」しているのも自分なんですよね。
自分自身が「コチコチ頭」だと決めつけてしまうのが、既に「コチコチ頭」だと思います。
ならば、自分の「コチコチ頭」を少しでもほぐすために、なにかできることがあると思います。

現に自分の「コチコチ頭」は、自分自身でいろいろな制約を自分に課して「コチコチ頭」になってしまっている気もします。
逆に、自分が「柔らか頭」になれる時もあるのです。
それは自分に課した制約から解き放たれた時です。

まずは、自分の頭の「コチコチ状態」を自分で「見える」してみようと思います。

「自分のおかれている事実」をまず書き出し、「その最悪のシナリオ」を書き出します。
その「その最悪のシナリオ」が受け入れられれば、「コチコチ頭」から「柔らか頭」に変わっていき気がします。

「柔らか頭」で人生をいきたいですね。

話は変わりますが、何気に今日も家への到着は「午前様」です。
「午前様」万歳!

2013-03-08 23.19.24.jpg

2013年3月 7日

自分って人前でしゃべることは好きなのかな

岐阜県産業経済振興センターでソーシャルメディア活用について話してきました。
中心はFacebookなのですが、現在の私へ仕事の依頼がFacebook経由Webサイトになってきており、その自分なりの考察も踏まえて話してきました。

コンサルタントとしてより、自分の体験談・考察の話が多かったと思います。
話をしていて、なんとなくわくわくしてきました。

2013-03-07 -01.jpg

2013-03-07 -02.jpg

自分は基本的に人前で話すのは苦手です。
プレゼンテーションを勉強をしたことはありますが、いつの間にか我流に落ち着いてしまっています。

そして、極度に緊張する性格です。
そのように見えないと言われることが多いのですが、特に「初お披露目」や「異常に参加者が多い」セミナーや研修が始まる前は、緊張の咳が止まりません...

また、一日の研修よりも、1~2時間のセミナーの方が緊張するようです。
時間配分の間違いが許されないからです。

そんな自分なのですが、話し始めると、緊張が一挙にほぐれます。
これは、場数を踏んだからかなぁって思うのですが、でも聴いてくれるくれる方たちの前で話すのは、本心から楽しいのだと思います。
自分って、やっぱり人前でしゃべることは好きなのかな...って思う瞬間です。

しゃべりが調子がいい自分で感じる時、「これも、あられも...」と付け加えて、「時間オーバー」になることがあります。
これだけは、気をつけないといけないですね。

2013-03-07 -03.jpg

2013年3月 6日

落ち込んだ時ほど周囲がよくみえる

私のような小心者は、同時多発的にいろいろな課題が発生すると、テンパって、自分でもわけのわからない行動をとってしまうことが多々あります。

しかし、落ち込んだ時ほど周囲がよくみえる...というのも事実かもしれません。
理由は、いつも以上にその落ち込んだ理由を必死に考えるからです。

いま自分の周囲では時間がすごい勢いで流れて行っている感じがします。
ひとつひとつの案件にかけられる時間は少ないです。
もっと、ひとつひとつの案件に、自分のできる限りの時間と能力をかけていかないといけないと思います。

最近いろいろなでき事が起き、、もっと本質を見る努力をしないといけないと...と反省することは多々あります。
そして、本質を見ることが、もっと自然にできるよう成長しないといけないと思います。

自分が落ち込むような出来事が起きた時に、考えて見えてくる自分にとっての、大切なものを見失わないようにしないといけないと思います。

今日は天白地区の役員会でした。
役員会、二次会、ともに濃い話でした。
気付いたら、またしても、午前様でした...
写真は、閑散とした植田駅です...

2013-03-07-01.jpg

2013年3月 5日

盛岡研修が終わりまずはホッと一安心

盛岡での2日間の研修が終わりました。
研修自体は順調で、受講生さんや主催者さんの評価も良かったです。
なにはともあれホッと一安心です。

研修の中の「見える化」の話の中で「担当者の抱え込みリスク」の話をしました。
今回の研修のテーマの中で、最も共感をよんだテーマのひとつです。
ちょっと紹介したいと思います。
「担当者の抱え込みリスク」は、システム開発のプロジェクトの中で、私は結構怖いことだと思っています。

プロジェクトの中で、自分の役割を任された場合、なにかトラブルが発生したとしても、自分で何とか解決しようと、事実を抱え込んで隠してしまうリスクです。
責任感の強い、一見仕事ができそうな人によく起きます。

かくいう私も、以前は「担当者の抱え込みリスク」の常習犯でした。
何とか自分でかたを付けて、事態を収拾した後で報告をしようとしていたものです。

しかし、これは自分のエゴであり、みんなで行っているプロジェクトであれば、問題は早く報告しないと手遅れになる可能性があります。
そして、早く報告を行えば、それに対してのアドバイスも早くもらえます。
一番いけないのは、自分で抱え込んで問題を見えなくしてしまうことです。

プロジェクトの中で「見えない」ものほど怖いものはありません。
自分もSEの時、後半は自分で抱え込まないことを特に気を付けていました。
そのおかげで、問題の早期発見が実現し、プロジェクト自体が助かった経験を何度もしました。

ただ、最終的には、自分が抱え込んでいたことで、「うつ病」になってしまったので、教訓は活かされていたのか微妙な点もあります。

私のようになってほしくないので、今回の研修でも、思わず力が入って説明したのだと思います。
だから、共感を呼んだのでしょうね。

盛岡の二日間の研修ではいろいろな経験をしました。
ありがたい話です。

朝の大雪。

2013-03-05-01.jpg

昼のはやんでいましたが岩手山は見えず...

2013-03-05-02.jpg

新幹線でおよそ5時間の旅です。

2013-03-05-03.jpg

意外と疲れているんだあぁ...

2013年3月 4日

盛岡出張が自分と向き合う時間をくれている

最近ちょっと仕事が休めてないこともあり、心身が疲れ気味のようです。

研修のお昼休みに研修会場である盛岡マリオス20階の展望レストランで風景を眺めていました。
とても雄壮で美しい岩手山をみていると、自分ってなんてちっぽけなんだろうって改めて思いました。

2013-03-04-05 .jpg

2013-03-04-04 .jpg

そんな話をしていたら、お客さんから「まずは気分転換ですよ!」と盛岡での研修終了時に地ビールの美味しい店を紹介してもらいました。
そのお店はホテルから20分ほど歩く店で、つるつる滑りながら寒い空気に顔が降れると、気分もすっきり晴れてくる感じがします。

途中、北上川をわたりながら素晴らしい風景に思わず足をとめました。
夕暮れに、蒼くぼんやり見える光景はとても美しかったです。
思わず、寒い中30分ほど、その風景を見ていました。
するといろいろと考えこんでいた頭がクリアになっていました。

2013-03-04 -01.jpg

北上川でしばらくボーとした後、さらに10分ほど歩いてお店につきました。
「BARREN」というお店で、自分のお店でビールも作っていました。
北上川が見える席で、地ビールとスパゲティを頂きました。

2013-03-04-02 .jpg

2013-03-04-03 .jpg

時として、大きな自然に触れると、自分が状況や考えていることが、ゆっくりと見えてくることがあります。
日頃の多忙に終われて(...と理由づけて)、いろいろじっくり考えることもできない状況が続いています。
しかし、今回の出張が盛岡という土地で、そして大きな自然に触れられたのはとてもよかったと思います。

最近おきている様々な自分の周囲の変化が、自分の人生から考えたらどういう、意味があるのだろうと自分自答する時間を得ました。
こうやって、視点を自然に向けて、冷静に客観的に物事を考えるのは必要だと感じました。

自分の経験上、これまで人生で、自分の想い通りに行くことや、楽な道のりなんて決してなかったです。
ただ、様々な出来事が砥石なって、痛みを伴いながらも、自分を磨いてくれていると思います。
今、仕事が立て込んで、少し心が弱っていますが、冷静に考えれば、いつも通りのことだと思います。

明日はもう一日頑張って、この盛岡での研修をより良いものにして帰りたいと思います。

2013年3月 3日

やると決めたら、ひとつずつやり遂げる

今年も早くも3月に突入しています。
気持ちとしては、本当にあっという間です。
まだしばらくは、先の見えない(計画は立てているのですが...)バタバタが続きそうです。

こういう時に大切なことは「やると決めたら、ひつつずつやり遂げること」だと思います。
私は、いろいろな作業を同時進行的に進めなければならないとき、何かにつまずくと、別のことに関心が移ってしまいます。
関心が移ってしまうと、その仕事を少し進めたり、そうでなくても、ただ心配したりして集中力が散漫になります。

これほど効率の悪いことはないですね。
普通の人間は同時に一つのことしかできないはずです。
そして、一つの作業から別の作業に移るときには「脳の段取り時間」がかかると思います。

ひとつの仕事を集中して進められているときは 「脳の段取り時間」が要りません。
一方であっちこっちに集中力が散漫になっているときは、膨大な 「脳の段取り時間」が必要です。

時間がとても大切な今 「脳の段取り時間」を少しでも減らしたいです。
だから「やると決めたら、やり遂げること」が大切だと思います。

まずは、明日からの盛岡での研修に集中したいと思います。

2013-03-03 -01.jpg

2013-03-03 -02.jpg

2013-03-03 -03.jpg

2013年3月 2日

親父の13回忌に思うこと

親父の13回忌でした。
自分にとって親父はとても尊敬できる人でした。
67歳という若い年齢でなくしたのは、自分としては、とても残念です。
しかし、今でも親父の想いは自分に学びとして伝わっています。

以前ブログに書きましたが、今の自分にとって思い出さなければならないことなので、もう一度文章にしてみようと思います。

親父の想いとして、自分に伝わっている学びは「決して最後まであきらめない」です。
自分の最近は、結構トラブル続きです。
そんなときに落ち込んだりもしますが、でも「決して最後まであきらめない」という気持ちは忘れてはいけないと思います。

話は、親父の病気も悪化して、もう意識もはっきりしなくなってきたときのことです。
私は「うつ病」が最悪の状態で、毎日のように額を柱の角にぶつけて額を割って流血しているような状態でした。

親父は自分がもう長くないのに、最後まで私の事ばかり心配していました。
そんな親父が意識もあまりないのに、毎日、病院のベットの上に立ち上がろうとするようになりました。
家族は怪我でもしないかと心配していましたが、親父はそれを続けました。
私も、その様子を呆然といつも見ていました。

私は「親父は何をしているのだろう?」と考えていました。
ある日、ちょっと話せるようになったので親父に聞いてみました。
そしたら親父は「退院したとき、歩けなかったら寂しいだろう」と答えました。

もう意識も、ほとんどなく数日の命の人が何を言っているのだろう?と思いましたが、よく考えたらそれは私への「うつ病は治る、だからあきらめるな」というメッセージだったのだと思います。

うつ病は「頑張れ」とか言ってはいけないと言われていますが、この親父のメッセージに「自分も応えたい」と思いました。
その後、額をぶつけることをやめて、数日で額のかさぶたもとれてきました。

親父の最後の言葉は「額がきれいに戻ってきたな」でした。
やっぱり、親父のメッセージだったのです。

最後の最後まで「決してあきらめない」親父を誇りに思います。
その後、紆余曲折はありましたが、うつ病も完治したのは「決してあきらめない」親父の頑張りの姿と、想いであるメッセージのおかげだと思っています。

冒頭に書きましたが、最近は、結構トラブル続きで、落ち込むことが多々あります。
でも、自分の思い通りにならないことや予想もしない落とし穴に遭遇した時こそ「決してあきらめない」よう頑張りたいと思います。

2013年3月 1日

決断を発言する前に一呼吸

自分は本当に未熟です。
最近、いろいろと問題にぶつかることが多く、そのたびに、自分に足りないものが見えてきます。
現場対応力、状況理解力、決断力... 他にも多々ありますが、経営者として、リーダーとして、大人として未熟であると感じることが多いです。

失敗は、失敗から学べば失敗ではないと思います。
ただ、失敗が取り返しのつかない大きなものになることもあります。

自分は未熟なことから「失言」や「想いを伝えられない発言」をよくします。
机の前に自分の行動スローガンとして貼ってあるのですが、「発言する前に一呼吸」とあります。

情けないですが、特に状況がテンパってしまうと「失言」をしてしまいます。
それは、自分でもよくわかっています。

状況がテンパっているときこそ、「発言する前に一呼吸」をおかないといけないと思います。
一呼吸おいたからといって、正しい判断ができ、それを正確に伝えられるかどうかは分かりません。
でも、後で自分で後悔するような「失言」や「想いを伝えられない発言」は避けられると思います。

経営者として、リーダーとして、大人として、自分の想いが正しく伝えられるように「発言する前に一呼吸」を忘れないようにしないといけないです。