2015年4月29日

風向きは変わる、そしてそれに敏感になる

一応私にも気持ちがとても疲れるときがあります。

いつも飲んで楽しんでいる感じがするかもしれません。
ただ、その一つの理由に、自分に自信がないし、いつも不安だから「飲んで不安を紛らわせてしまおう!」があるのは否めません。
まあ、それで不安を紛らわせれるのだから、やっぱり幸せなのかもしれませんね。

「楽しんでいたって現実からは逃れられない」という意見もあると思います。
実際にそうですね。
現実から目をそらしていても何も変わりません。

ただ、どんなに苦しい時でも「風向きは絶対に変わる」と信じています。
だから、「飲んで不安を紛らわせてしまおう!」という現実逃避のような感情が成立するのだと思います。
しかし、決して現実から目をそらすつもりはありません

現実から目を反らして、単なる現実逃避になっていると自分の立ち位置すらわからなくなってしまいます。
現実逃避しながらも「風向きが変わる」ことには敏感にアンテナをはっているつもりです。

まざなら、自分の向きをによって変わった風向きは、心強い追い風にも変わりますが、さらに怖い逆風になることもあるからです。
「風向きは今に必ず変わる」「そして風向きの変化には敏感になる」ことが大切だと思います。

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2015年4月21日

粘り強く考えるSEになってほしい

名古屋ソフトウェアセンターでの新入社員研修「システム開発と運用」の三日目です。

どんな職業もそうかもしれませんが、SEという職業はちょっと変わっています。
自分がSEにとって大切だと思う資質がいくつかかります。

その一つは、簡単に「他人に聞いて済ましてしまおう」と思わない人です。

要領のいいひとで「とりあえず人に聴いて早く解決してしまう」という人がいます。
納期を守るという視点では大切な要素なのかもしれません。
しかし、そういう要領のいいひとがSEとして大成した人を見たことがありません。

「とりあえず人に聴いて早く解決してしまう」という人で大成する人を別業種では見かけることあります。
一方で、ソフトウェア開発の現場でも「とりあえず人に聴いて早く解決してしまう」人は見かけます。
そのようなヒトは仕事を早く終わらすことができることが多いです。

ただ、そういう人が誰もまだやったことの無いような仕事にぶつかると、とたんに立ち止まってしまいます。

どのヒトに聞けば、どんな問題が解決するかのネットワークを構築しているヒトは、それはそれでソフトウェア開発にとってとても重要な要素です。
ただ、ソフトウェア開発の工程が上流工程になればなるほど、問題は複雑化し、誰も経験したことが無い問題にぶつかります。

そんなときに「粘り強く考える癖」がついているヒトは、何らかの答えを見つけることができるようです。
安易に人に聴いて解決してしまうのではなく、自分で頭をひねって、自分なりの回答を出してほしいものです。
そういう人がSEとして将来も伸び続ける気がします。

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2015年4月19日

心と体のバランスが崩れると...

今日の文章は愚痴っぽいですね...

心と体のバランスは大切です。
心が疲れると思うように体は動かず、体が疲れれば心での感じ方がいびつになるからです。

自分は多くの場合が「体が疲れれば心での感じ方がいびつになる」方で悩んでいました。
自分の心ほどよくわからないものはないからです。

ところが4月になってからは、「心が疲れると思うように体は動かず...」に四苦八苦しています。

4月からいろいろなことが始まり、休日作業や深夜作業が当たり前になっています。
歓送迎会や期の切り替えの懇親会も多く、知らない間に疲れが溜まっていたようです。

ふと、研修・セミナー、コンサルが終わって、ふと気を抜くとそのまま寝ていることがあります。

先日、知らない間に意識が飛んでしまいまい、壁に額をぶつけて流血しましたが、こんなこと初めての体験です。
道を歩いていて仏にぶつかっての流血はありましたが...。

少し休まないといけないと思いつつも、資料やテキストの納期が日々やってきて「時間の自転車操業」状態です。
こうなったら、ちょっと散歩したり、ちょっと外食しやりしたりして少しづつ気分転換をしようと思います。

...てなわけで公園で少しボーとしていたら気分転換ができました。
外で自然と触れるのはとても気持ちいいです。

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心と体のバランスが崩れると...

心と体のバランスは大切です。
心が疲れると思うように体は動かず、体が疲れれば心での感じ方がいびつになるからです。

自分は多くの場合が「体が疲れれば心での感じ方がいびつになる」方で悩んでいました。
自分の心ほどよくわからないものはないからです。

ところが4月になってからは、「心が疲れると思うように体は動かず...」に四苦八苦しています。

4月からいろいろなことが始まり、休日作業や深夜作業が当たり前になっています。
歓送迎会や期の切り替えの懇親会も多く、知らない間に疲れが溜まっていたようです。

ふと、研修・セミナー、コンサルが終わって、ふと気を抜くとそのまま寝ていることがあります。

先日、知らない間に意識が飛んでしまいまい、壁に額をぶつけて流血しましたが、こんなこと初めての体験です。
道を歩いていて仏にぶつかっての流血はありましたが...。

少し休まないといけないと思いつつも、資料やテキストの納期が日々やってきて「時間の自転車操業」状態です。
こうなったら、ちょっと散歩したり、ちょっと外食しやりしたりして少しづつ気分転換をしようと思います。

...てなわけで公園で少しボーとしていたら気分転換ができました。
外で自然と触れるのはとても気持ちいいです。

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2015年4月16日

「過去の結果としての今」と「未来の原因としての今」

今という時間を考えたとき二つの視点があるとと思います。

ひとつは「過去の結果としての今」で、もうひとつは「未来の原因としての今」です。
偉お人の言葉や格言では「未来の原因としての今」を大切にすることを勧める言葉圧倒的に多いと思います。

中には「過去を振り返らない」ってのもあります。
前に進むという激励では、それが大切だと思うことも多いです。

わたしも基本的には「未来の原因としての今」が大切だと思います。
つまり、未来にむけて今、何をするかを考えることです。

ただ、過去の流れで今の自分が存在することも忘れてはいけないと思います。
それが「過去の結果としての今」です。

過去に試行錯誤したことが必ず自分の役に立っています。
経験は必ず積み上がっていきます。

不要な過去なんてないと思います。
不要だと思う過去も、その当時の自分と対話し、それを前向きにとらえる努力をすることが大切だと思います。

当然ですが、過去、今、未来はつながっていますものね。

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2015年4月14日

今の時間の使い方は「本当に無為なのか?」

私の悪い癖の一つが「つい理想を求めて慌てて進める」ことです。
物事を進めるには、スピード感とタイミングが大切だと頭ではわかっています。

ただ、無為に時間を過ごすのがつらい性格なので、ついつい前に前に進もうとします。
どんどん焦ってきます。

そして、ふと気が付くと足元がグラグラのまま、内容もなく形だけ前に進んでいることに気が付きます。
その時、ほんとうに今の時間の使い方は「本当に無為なのか?」を問いかけます。

物事を着実に進めるための試行錯誤の時間なのではないか・・・
もっとも効果的に伝えるべきタイミングを待っている時間なのではないか・・・

意外と、物事が進んでいないように感じても、後から考えると「あの時に無為に感じた時間で今がある」と振り返えれることが多くあります。

ただ単に「ゆっくりやっていきましょう」という意味ではありません。
「自覚なき無為」はやっぱり何も生み出さないと思います。

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2015年4月12日

餅は餅屋の境界線

起業のためのコンサル機会は多いですが、特にコンサルティングやカウンセリングのお金をかけないでできる起業は多いと感じます。

私の事務所もそうなので、小資本での起業には反対はしません。
むしろ小さく生んで大きく育てるのはビジネスの鉄則だと思います。

ただ、コンサルティングやカウンセリングの起業支援をしていると、その起業で行うセミナーや研修の企画を考えてほしいという依頼があります。
まだ、起業したての方が多いので、セミナーや研修をどうやってよいのかわからないという悩みは理解できます。

セミナーや研修に関しての運営に関する支援はよいと思います。
お客さんのビジネスのセミナーの内容やストーリ展開まで考えすぎると、私の考えのセミナーや研修になってしまう恐れがあります。

PCでの資料作成やその効率化は自分の仕事なので、餅は餅屋に依頼してもらえるのはよいと思います。
しかし、セミナーの内容やストーリ展開まで私が考えるのは相談者の成長のチャンスを潰していると思ってしまいます。

本当に起業を成功させる支援をするのであれば「餅は餅屋の境界線」をはっきりさせないと、支援をさせていただいているの方に失礼だと感じました。

幸い私の支援させていたらいている方は、ほとんどの方が「自ら考える人」ばかりです。
「餅は餅屋の境界線」を明確にするのは私側の責任だと思います。

本当は頼ってもらえると、嬉しくてたまらないのですけどねぇ。
お客さんへの道すがら、ちょっとそんなことをぼんやり考えていました。

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2015年4月 6日

クライアントが一歩踏み出せたときの嬉しさ

コンサルタント、カウンセラーは一見似ていますが、微妙に異なります。

コンサルティングとは、専門知識を持って客観的に問題点を指摘し、原因を探り解決策を示す業務を目的とします。
つまり、いま抱えている問題に対して最善の答えを提供するのがコンサルタントの役目です。

一方のカウンセラーは心理療法や心理カウンセリングの手法を用いて、癒しまたは治療することが目的です。
その目的をサポートするのがカウンセラーの役目です。
コンサルタントと違って、解決策を押し付けない特徴があります。

クライアントの感覚として、カウンセリングは心に傷を負った人が受けるものであり、抵抗感がある場合があります。
かなり減ってきていますが、日本ではその傾向があるように感じます。

一方のコンサルティングは、かなり一般化してそれを必要としてくださる経営者の方は多いです。
コンサルティングの抵抗感もないように感じます。

ならば、名目はコンサルティングを行いながら、実際はカウンセリングを行うという方法も必要だと感じています。

経営者の悩みは尽きません。
しかし、経営者である以上(私も含めて)自分で解決策を見つけていくしかありません。

ただ、悩みに心を支配されている間は、冷静な思考をするのが難しい現実があります。
悩んで思考が堂々巡りしている状況で、コンサルティングの手法で「原因を探り解決策を示す」を行ってもクライアントは受けいる心余裕がなくなっているのです。

そんな時、まず先にカウンセリングを行います。
それで心を落ち着けて冷静になってもらうことで、コンサルティングの手法が生きてきます。

「光が見えてきました」「やるべきことがわかりました」その言葉をクライアントから聴けたとき、それを見つけたのはクライアントの力ですが、その少しの力になれたと思うと嬉しいです。

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2015年4月 5日

大切な人たちの相談に鈍感にならないように

大切な人たちの相談に鈍感にならないように

仕事柄、人の相談にのらせて頂く機会は多いです。
その数が多いために、人の相談にのらせていただくのを、つい日常化させないように気をつけたいです。

相談の内容は当たり前かもしれませんが比較的重いものが多いと感じます。
昔は特に重たい相談内容に自分がつぶれそうになったことがありました。

以前の私のように人生経験が浅い人間にとって、重たい内容の相談は受け止められないと思うものが多かったのが事実です。
それでも、多少の人生経験を積むことで重い内容の相談でも自分の出来る範囲で受け止められるようになってきました。

ただ、ここ最近は相談の回数が増えることで、重たい相談でもその重さに鈍感になってきているのかもしれないと思うときがあります
鈍感にならないと自分の心がもたなくての自己防衛本能かもしれません。

ただ、相談される方は軽い相談なんてありません。
どれも真剣で、中にはギリギリのところでの相談も多いです。

自分が大切な人たちの相談に対して、その重さに鈍感にならないようにしたいと改めて思います。

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2015年4月 1日

人生理念の明確化が経営をよくする

同友会天白地区のグループ会に参加しました。

最初はグループ会運営の打合せでしたが、いつの間にか「経営指針」の話、そして「人生理念」の話まで発展しました。

私は「産業カウンセラー」としても活動しているつもりですが、これには理由があります。
経営コンサルとして、経営がどんなによい仕組みの会社になったとしても、社員のみなさんが心の悩みを持っていると経営はよくなっていかないという壁にぶつかったことがあります。

以前、コンサルタントとしては「助言のためのスキル」とかは勉強するする機会がありますが、やはり心に寄り添うまでは難しいと感じていました。
そこで「産業カウンセラー」の訓練をしたのですが、経営者や社員の相談の多くは、心に寄り添うことで自ら解決策に気づいていただける場合も多いです。

グループでは、自社の経営についての話をお互いしていましたが、いつのまにか自分の人生での想いに発展しました。
この自分の人生での想いがしっかり自分で把握できればよい経営にもつながっていきます。

こういう話は仲間を信頼してぶっちゃけないと恥ずかしくてできません。
今、同友会に限らずいろんな場面で自分のことをぶっちゃけらっれるようになっているのが嬉しいし、聴いてくれる仲間の存在に感謝です。

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