週末恒例のパオパオの状況報告です。
昨年の8月に余命宣告3カ月を受けたのですが、相変わらず元気爆進中です。
きっと食欲があるからですね。
実際の検査でも全く腹水、胸水ともに溜まっていないとのことです。
先生からも「パオちゃんは、本当によく頑張っているね」と褒められました。
話は変わって最近想うことのメモです。
先日のブログではIT導入という視点で「見えないモノ」にまるで「魔法の杖」かのように、過大な期待をすると書きました。
「見えないモノ」に過大な期待をする一方で、コロナのような「見えないモノ」に恐怖し他責に陥ることもあります。
NHKで感染に関する歴史の番組で「見えない不安が他人への攻撃に変わる」と言っていました。
今は誰が感染してもおかしくない状況で、そのような状況が起きていると感じます。
その番組では「見えない不安は情報のモヤ」をつくってしまうと言っていました。
そして「知識や思案の不足」が「見えない不安」をどんどん大きくしていってしまうと…。
「知識や思案の不足」が不安を大きくし、勝手な妄想が虚像を創りあげていってしまうのですね。
そんな人間の弱い感情をコロナ(ウィルス)に嘲笑われているとおもうと悔しいです。
ならば「知識や思案の不足」を、一人一人が補っていく努力から始めればよいと思います
もちろん一人でできることは限界がありますが、安易にネットやマスコミの情報に惑わされている場合ではないですね。
本当に正しい情報にたどりつくには、情報が絞られていた昔よりも難しくなっていると思います。
それでも、一人一人が情報を精査し、自分自身で考えて「知識や思案の不足」を補っていくことが、「見えない不安」からの脱却につながると思います。
人としての「尊厳」や「強さ」をコロナ(ウィルス)に見せつけてやる時だと思います。
先日のブログでは「見えないモノ」に過大な期待をすること、今回のブログの「見えないモノ」に恐怖し他責に陥る…ことを書きました。
どちらも自分自身で「考える」こと放棄した結果のような気がしてなりません。