雨の祝日ということもあり、事務所にこもってZoom相談を受けていました。
いろいろな相談がありましたが、その中ででた話題で「大声」は「論理」に勝ってしまうときがありますよね…って話がありました。

「論理」ととは「論(主張)」を「理(理由)」をもって伝えることです。
伝えるメッセージが「論理的」であるには、3つの条件が必要です。

まずは「論(主張)」があることです。
つぎに「理(理由)」があること。
最後に「論」と「理」が適切な関係にあることです。

「論(主張)」しかない場合って意外と多いですね。
「だからぁ、何回も言っているでしょ!」と言われても、「理(理由)」がなければ納得できません。

逆に「理(理由)」しかない場合も結構あります。
いろいろ「ごたく(理由)」を並べられても、「で? 結局のところ何が言いたい?」って「論(主張)」がないパターンです。

「論(主張)」しかない、「理(理由)」しかない…は、話を聴いていてすぐにわかります。
しかし「『論』と『理』が適切な関係にあるか」の、いわゆる「論理展開」の部分は迷うことがあります。
「なんかわかりにくい…」と理由が不明な場合は、「論理展開」が破綻している場合があります。

例えば「動かないと変わらない、変わりたければ動くこと」という文章は、「論」と「理」がループしている感じです。
ある意味「論理展開」が不適切で「論理的」とは言えないです。

仕事をしていると一見「論理的」な感じで話しているのですが、よくよく聞いてみると同じ事を重ねて言っているだけの場合があります。
でも「論理的」でなくても、それを二つ重ねると「大声」となって勢いが増す感じです。

「動かないと変わらない、変わりたければ動くこと」も重ねて「大声」で言われると勢いを増し「なるほど」って思ってしまいます。

「論理的」でなくても、メッセージを「大声」で自信たっぷりに言われると「そうかなぁ」って思ってしまうこともあります。
状況によりますが、「論理的」云々より、「大声」って勢いっていうもので押し切ってしまうこともあるようです。

「大声」は「論理」に勝ってしまうときがあるのですね。
ただ「論的的」には「論理展開」が破綻している状態なので、仕事の場合は注意したいです。