2005年7月26日

「ま、いいか」と思うが勇気

 以前部屋に、「自分の行動理念」の紙を貼って、自分が無理を始めたり、変な事で悩み始めたりした時に「修正への気づきのキッカケ」にしている事を書いた。「自分の行動理念」は時々見直すようにしている。それは、その時々に直面している問題やステップによって環境が変わり、それに付随して悩みも変化し、当然「修正への気づきのキッカケ」も変わってくるからだ。

 最近、仕事の量が増えてきた。しかし、仕事の量が増えると当然、意思決定の機会も増える。その結果、「よし、成功した!」と思う事も、「あ、失敗した・・・」と思う事も増えてきて、気分的に波が激しくなっている。私のような性格は「よし、成功した!」という思いは早々に忘れてしまう。しかし、「あ、失敗した・・・」という思いは、なかなか忘れられず、引きずる事が多い。この引きずっている間は、悩んで、無意味な時間が過ぎている。「なぜ、失敗したのか」という反省は、もちろんするのだが、反省して同じ失敗を繰り返さないようになれば、それ以上考えても、追加でよいアイデアは殆ど出た例がなく、やっぱり時間の無駄だと思う。

 それで、「自分の行動理念」を一行追加した。それが「「ま、いいか」と思うが勇気」である。自分はなかなか、「ま、いいか」と思う事ができない。いつも完璧を目指している、と思い込んでいた。しかし今では「完璧を目指している」のではなく、「不完全な状況が怖い」という事がわかっている。「不完全な状況が怖い」という完璧中毒症が自分を「うつ病」にしたと思っている。もちろん原因はそれだけではない。内的な要因、外的な要因がからみあって「うつ病」になると思うのだが、ただ、内的な要因は自分の「不完全な状況が怖い」という心の問題が一番大きかった。

 「不完全な状況が怖い」という心の問題は未だ解決ができていない。「不完全な状況が怖い」ので完璧にしようと、自分にとって無理なペースで頑張ってしまう。これが続くと、心がだんだん疲れてくる。心は疲れると弱くなり、「うつ状態」や「不安」にウィルスのように侵食されていく・・・。不完全な状態は日常では普通の状態である。完璧な状態になっている事の方が珍しい。なぜなら、人の欲求は際限がないからである。だから日常である不完全な状況にでも耐えれるようになりたいと思っている。そこで、自分にとって苦手な「ま、いいか」という言葉を心の中で繰り返すことにより、不完全な状況への耐性をつけている。それでも忘れて頑張ってしまうときがあるので、「自分の行動理念」に追加して、壁に貼ったというわけである。

 自分にとっては「ま、いいか」と思うにはとても勇気がいる。しかし「ま、いいか」と思わないと、また心が疲れてしまう。そこで勇気をもって「ま、いいか」と思うようにするのである。うつ病になった時は、「ま、いいか」などと絶対に思えなかった。とことんやって、途中から能率が落ちたり、判断が鈍っている事にも気づかずに頑張り、いろいろな状況が重なってうつ病になった。同じ事の繰り返しは御免こうむりたい。そこで「ま、いいか」である。いろいろ紆余曲折して、たどり着いたこの言葉をしばらくは大切にしたい。ただ、今でも、一つの事柄に関して「ま、いいか」と思えるまでは、かなり時間がかかる。それでも、心が疲れてしまう前に気づいて「ま、いいか」と気分を切り替えるのが、今の自分にとっては大切だと思う。

2005年7月15日

うつ病後の社会復帰への不安について

 これは、かなりうつ病がよくなってきてからの話です。うつ病がよくなってくると、だんだんあせってきます。このあせりは病気がよくなってきている証拠ですが、危険なものでもあります。うつ病で自らの命を絶ってしまうのは、「なりかけ」と「直りかけ」が多いというデータが出ています。

 なぜ、あんなに苦しんだうつ病が克服間近なのに、もうすぐ社会に復帰できるのに「自らの命を絶ってしまう」のでしょうか? それは社会に復帰後の「あせり」と「不安」です。病気がひどいときは、社会に復帰後の「あせり」と「不安」なんて考える気力がありません。でも実際に社会復帰の時期が近づいてくると、急に現実に引き戻されます。はたして、自分は社会に復帰してやっていけるのであろうか…。

 大丈夫です! 必ずやっていけます! 一度地獄を見た人は、自分で思っている以上に意外と強くなっています。そして世の中への見方や価値観も変わっていると思います。これまで地位やお金、名声に執着していた人がいたならば、そんなものは、人生にとってあまり価値がないことに気づくでしょう。もちろん価値観は人によって違うので、地位やお金、名声に価値をおいている人も否定できません。ただ、今回、病気から少しずつ回復して、自分の幸せは、自分で決めるものであること。そして自分の価値観は他人に決して侵されてはいけないものと思いませんでしたか? 私にとって価値のあるものは、やはり、病気のときに支えてくれた人たち、また自分が病気であった事を知って後、支え続けてくれる人たちです。この様な人達がいれば、不安は極端に減少します。

 でも、やっぱり社会復帰するときは「不安にならないで」と言うほうが無粋だと思います。私もそうでしたが「不安になる」方が普通だと思います。病気から復活するときは、一刻も早く病気前の状態まで戻そうと焦ります。ちょっと待ってください。病気前の状態まで戻っていいのですか? 病気の間にいろいろ自分について考えたり、思ったり、やりたいことを探したりませんでしたか? その結果は「病気になる前の自分に戻ること」でしたか? 恐らく違うと思います。社会復帰をもうすでにされた方は、「病気になる前の自分に戻らなくちゃ」と病気の間に考えたことを忘れて、社会の波に翻弄されていませんか?

 「あせり」は禁物です。ゆっくり、あわてず。自分のペースで歩むことをお勧めします。試しに、自分が社会復帰した後にすることを極力細分化してみてください。「○○さんに復帰の挨拶にいく」「やりたいことを紙に書いてみる」「読みたい本を列挙してみる」など、そういう小さな積み重ねが、知らない間に社会復帰につながっていくのです。

 残念なら、うつ病に偏見を持っているいる人は、世の中に沢山いるのが事実です。でも、理解してくれる人も沢山いることも事実です。理解してくれる人も沢山いるということは、いろいろな形で、社会復帰のチャンスは転がっているということです。繰り返しますが、「あせり」は禁物です。

2005年7月 9日

自分を責めない

 この「自分を責めない」は自分に対して言っている言葉です。「自分」にとって「自分」ってなんですか? みなさんそれぞれの考えがあり、いろいろ、言えると思います。
 
 私は、残念ながら自分が嫌いです。自分が好きになれたら、本当に世の中が幸せになれるのではないかと妄想を抱いています。自分が自分を嫌いな理由は、自分が自分の期待にいつも応えられないからです。これは、知らず知らずのうちに自分へ課したハードルを高くしているのかもしれません。しかし、それは関係ないのです。自分が自分で決めた自分に届いていない以上、やっぱり自分は自分が嫌いなのです。

 実力より高くハードルを設定したほうがよい人と、実力より低くハードルを設定したほうがよい人の2種類が世の中には存在します。叱られて成長する人と、褒められて伸びる人がいるのと似ているかもしれません。私のようにコツコツやっていくタイプは、実力より低くハードルを設定したほうがよいことはわかっています。計画的に、少しづつ目標をクリアしていくのが、時間がかかっても、私にとって一番の近道だからです。

 わかっていてもできないもどかしさを感じます。自分は自分の成長が待てないのです。「待てない人」に育てられると。自分自身待てない人になるといわれています。ただ、もう30代の後半になって、昔。こう育てられたから、今の自分はダメになった、なんて言うこと事態が、ますます自分を嫌いします。

 でも「自分を嫌いな自分」って「自分」っていう言葉が2回出てきていますよね。判断されるのも自分、判断するのも自分。2回も「自分」という言葉が出てくるということは、「自分」という存在を強く意識しているからだと思います。逆の言い方をすると、「自分」を一番心配してくれているのは「自分」なのだと思います。

 そういう「自分」をもう一人の「自分」はあまり責めてはいけないのではないかと、最近感じます。禅問答のようですが、応えは単純です。24時間一緒にいる自分は「嫌なところ」がたくさん見えてきます。でも、ほんの少しは「好きなことろ」も見えているはずです。ただ、「好きなことろ」はすぐに忘れてしまい、「嫌なところ」ばかりが記憶に残ってしまっていりのだと思います。

 私は、「昨日道を間違えたけど冷静に目的地まで着きました」、たったこれだけこことだって、「道を自分で間違えたのに人に怒鳴り散らす人」よりよっぽどいいです。自分を好きになれます。人は必ず失敗します。その失敗が他人なら許せるのに、自分なら許せないのは何故でしょう。
 時々、自分が嫌になって、自分自身が悔しくて、一人で知らぬ間に泣いているときがあります。でもその心配をしてくれているのも、自分なのですね。独立をしてから、前よりもっと真剣に自分と向かい合っている気がします。難しいです。でも、できることから、やってみるなら、まず「自分を責めない」ようにしようと思います。

2005年7月 3日

うつ病であること(あったこと)の開示について

 以前は、自分が「うつ病」だったことを(今でも「うつ病」だが…)、隠したかった。「自分はうつ病」と告白することで、相手からの信頼を失い、関係が途切れてしまうことが怖かったのである。

 お客さんと少し話して、打ち解けて来ると「よく会社を辞めて、独立する決心がつきましたね」と決まって聞かれる。最近は胸を張って答えている。「はい、うつ病になりましたので!」と。すると、しばらく相手はキョトンとする。恐らくお客さんは「はい、社会に貢献したくて」とか「自分の力を試したくて」というポジティブな答えを期待しているのだろう。

 私も「胸を張って答える」までの必要まではないが、決して隠す必要もないと思う。これで、商談が駄目になったことは一度もない。むろん、すべてのお客さんに「まず、宣言する」訳ではない。話の流れの中で、「何故、辞めたか」というような話になったときには、迷わず答える。優等生的な答えも「辞めた理由」としてあるのだが、あえて「うつ病」の方を答える。

 いくつか理由はある。私の主な顧客である中小企業の経営者は、正しい経営をしている人ならば、常に不安と孤独と戦っている。「うつ病」までいっている人は、そんなにいないと思うが、「私はうつ病になるほどつらい目にあった」ということで、私に興味を持ってくれる。そこから独立までにいたった話も興味をもって聞いてくれる人が多い。そして、本人は気づいていないが「うつ病」なりかかっている人もいる。そうのような方には、さりげなく、少し休むための体制の整え方を含めて、精神のリフレッシュを提案する。

 他の理由として、相手の方の「人を見るときの偏見」について感じることができるようになった。たいていの人は「大変でしたね」と言ってくれるが、その後の対応が微妙に違う。「大変だと思うこと」は共通しているようだ。しかし、「もっと話を聞かせて」という人と、「うつ病のことは今後隠して欲しい」という2つに分かれる。後者の場合は、「自分の会社にうつ病だった人が出入りしていることの世間体を気にしている」ようだ。いろいろな考え方があり、その方の考えも理解できる。

 ただ、自分の最悪の状況を話すことで、いい意味でも、悪い意味でも自分のことを相手に少しはわかってもらえる。その中で、本当に大切な人に出会えることがある。これは自分がうつ病になったために、自分をよく理解することができ、相手にも自分を、恥も外聞もなく開示できるようになった、という最大のメリットだと思う。

 うつ病がひどいときは「もし、再就職の面接のとき、辞めた理由を聞かれたらどうしよう」と考えて暗くなっていた。事業がうまくいって、もう「再就職の面接」はないことを願いたが、もし「再就職の面接」があっても、今なら堂々と答えられる。それだけ、自分についてじっくり考えたので、辛い事への耐性や人を見る目、人に対する接し方、そして、何よりも自分の中での価値観が明確になってきたからである。
 
 逆に、それで断られるようなら、そういう会社には就職しないほうがよいと思う。「うつ病」に対する理解が「人事」にないのだから、その会社は「うつ病の温床」になっている可能性がある。