2005年7月 3日

うつ病であること(あったこと)の開示について

 以前は、自分が「うつ病」だったことを(今でも「うつ病」だが…)、隠したかった。「自分はうつ病」と告白することで、相手からの信頼を失い、関係が途切れてしまうことが怖かったのである。

 お客さんと少し話して、打ち解けて来ると「よく会社を辞めて、独立する決心がつきましたね」と決まって聞かれる。最近は胸を張って答えている。「はい、うつ病になりましたので!」と。すると、しばらく相手はキョトンとする。恐らくお客さんは「はい、社会に貢献したくて」とか「自分の力を試したくて」というポジティブな答えを期待しているのだろう。

 私も「胸を張って答える」までの必要まではないが、決して隠す必要もないと思う。これで、商談が駄目になったことは一度もない。むろん、すべてのお客さんに「まず、宣言する」訳ではない。話の流れの中で、「何故、辞めたか」というような話になったときには、迷わず答える。優等生的な答えも「辞めた理由」としてあるのだが、あえて「うつ病」の方を答える。

 いくつか理由はある。私の主な顧客である中小企業の経営者は、正しい経営をしている人ならば、常に不安と孤独と戦っている。「うつ病」までいっている人は、そんなにいないと思うが、「私はうつ病になるほどつらい目にあった」ということで、私に興味を持ってくれる。そこから独立までにいたった話も興味をもって聞いてくれる人が多い。そして、本人は気づいていないが「うつ病」なりかかっている人もいる。そうのような方には、さりげなく、少し休むための体制の整え方を含めて、精神のリフレッシュを提案する。

 他の理由として、相手の方の「人を見るときの偏見」について感じることができるようになった。たいていの人は「大変でしたね」と言ってくれるが、その後の対応が微妙に違う。「大変だと思うこと」は共通しているようだ。しかし、「もっと話を聞かせて」という人と、「うつ病のことは今後隠して欲しい」という2つに分かれる。後者の場合は、「自分の会社にうつ病だった人が出入りしていることの世間体を気にしている」ようだ。いろいろな考え方があり、その方の考えも理解できる。

 ただ、自分の最悪の状況を話すことで、いい意味でも、悪い意味でも自分のことを相手に少しはわかってもらえる。その中で、本当に大切な人に出会えることがある。これは自分がうつ病になったために、自分をよく理解することができ、相手にも自分を、恥も外聞もなく開示できるようになった、という最大のメリットだと思う。

 うつ病がひどいときは「もし、再就職の面接のとき、辞めた理由を聞かれたらどうしよう」と考えて暗くなっていた。事業がうまくいって、もう「再就職の面接」はないことを願いたが、もし「再就職の面接」があっても、今なら堂々と答えられる。それだけ、自分についてじっくり考えたので、辛い事への耐性や人を見る目、人に対する接し方、そして、何よりも自分の中での価値観が明確になってきたからである。
 
 逆に、それで断られるようなら、そういう会社には就職しないほうがよいと思う。「うつ病」に対する理解が「人事」にないのだから、その会社は「うつ病の温床」になっている可能性がある。

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このテーマについては、常に意識していて、いろいろ考えているうちにコメントが遅くなりました。

前職場では、開示するもしないも、当時の私の様子をみれば、うつであることが一目瞭然でした。(言葉でなく、体で開示していたのでしょう)
休職後、復職の際には職場からは「出てくるからには、ちゃんとやってもらわないと困る。ちゃんと治ってから出て来い」といわれ、医者は「仕事ができなくてもとにかく出なさい」という方針で、間でよけい混乱をしていました。そんな中から「自分の身は自分で守る」という、当たり前なことをあらためて思いました。うつであること、どんな状況であるかを伝えることは、自分の身をまもるために必要でした。派生して、他のうつの人が休みやすくなったことはあるますが、あくまで自分のためでした。

なぜ退職しかについて、病気のことは避けられない事柄ですが、堂々と話ができる自信はまだありません。
それが、波長の合う人との出会いを失っているのかもしれません。

  • a-nother
  • 2007年1月 2日 00:05

a-nother様

コメントありがとうございます。返事が遅れて申し訳ありません。

私も職場にいるときは、誰がどうみてもうつ病でした。幸いなことに職場の対応と、お医者様に恵まれた私は、幸せものだったと思います。そして、うつ病が少しずつ良くなったとき、私の意見を尊重してもらえたことと、HPにうつ病の経過を開示して、いろいろな人から励まされたことが、少し、自分を尊重し、立ち直るきっかけになりました。

自分がうつ病であることを開示して、それに対する励ましで、良くなっていたものですから、今回のような記事を書かせてもらいました。あくまでも自分の体験談からの思いです。環境によって人それぞれの事情があり、人生のプロセスは様々だと思います。ブログを読ませていただくと、a-nother様のように自分で考えて次のステップを踏み出している人は、もうそれだけで自信をもっていいと思います。

では。

  • やど
  • 2007年1月 2日 00:05

やど様

いつもありがとうございます。

今歩んでいることは、自分では見通しを持っているつもりですが、ひとに納得してもらうところまでに至っておりません。それは、自分への甘さと、人との接し方に起因するところが大きいと思っています。
素の自分で接するのが、大切だと思います。
そのためには、現在進行形の病気(良い方向に向かっていると思っています。)について、自分のなかで昇華して、やど様のように客観的にアウトプットできるようになりたいと思います。

病気になったお陰で、こんなことがわかるようになりました。と、自分の言葉で話せるよう、この体験は、大切にしていきます。

また、よろしくお願い申し上げます。

  • a-nother
  • 2007年1月 2日 00:06
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