2005年2月13日

うつ病になった経緯

 2001年の8~9月頃、父親の体調が悪くなってきた事(がん)と、プロジェクトの作業負荷が高くなった時期が重なった。この時期、プロジェクト作業でいろいろストレスを感じたが、相談がなかなかできなかった。10月からプロジェクトの本番により、夜勤対応が始まった。この時点で既に集中力、判断力が欠如しており、さまざまなミスを繰り返す。ミスを繰り返す度に、皆に迷惑をかけている自責の念から、おそらく”うつ”が悪くなってきていたと思われる。

 この時期、父親の足、腹部に水がたまり始め、歩けなくなり、自分には父親が、非常に悪くなったように感じた。ここでも現プロジェクトのピークと父親の体調の急変が重なった。もう助からない父は夜い眠れず、夜中に自分が仕事から帰ると真っ暗な玄関に一人でぽつんと座っていることが多かった。もう助からないことを自覚している父は、「もっと、お前と話がしたいだぁ」と言っていた。自分ももうすぐ別れなくてはならない父といろいろ話したかった。それでも会社でプロジェクトを遂行しなければならない。今なら優先順位がよくわかる。でも当時はわからなかった。自分で自分を苦しめる愚かな日々が続いた。そして、うつの状態が非常にひどくなる。以前から感じていたが、全てが自分が悪いと感じるようになり、世の中は全て自分とは関係のない世界のように感じる。

 ユーザでの作業でミス発生。みんなに多大な迷惑をかける。集中力がなくなっている事が原因である。自分の役たたずぶりでこの世から消えてしまいたくなる。集中力のなさからの作業ミス多発、自分が戦力になっていない事への自責の念が”うつ病”にしている気がする。自分はうつなのか? それとも会社に行きたくないだけないのか?それを判断してもらう為に精神科へ行く決心をする。診断の結果、重度のうつ病であることがわかった。

 このころから、パニック障害をおこし、壁に頭を出血するまでぶつけるようになる。これ以降なかなか会社にいけない状態が続いた。ただ、上司にうつであると告白した時には、それぞれ理解のある反応を示していただいた。そして何より、妻がうつに対して理解があることが救いだった。周囲の理解があることは、本当に幸運だった。うつ病は周囲の理解がないと、単なるなまけものにみえてしまい、それを指摘されると、さらに病気は悪化するのである。

 周囲が理解しているので、これ行為は自分との闘いだった。

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