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2016年4月27日

空気を読んでいるの? 恐れているの?

すべての人に認められるなんてことは絶対にありません。
世の中には価値観の違いが存在し、一方で大きな評価を受けた時ほど、もう一方では最低の評価になると感じています。

それでも、できれば場を穏便に進めていきたいと思う自分はいつも妥協点を探している気がします。
ただ、人との妥協点ばかりを探すのは、そもそも自分自身がない状態だと思います。
今更ですが、ようやく最近気付けました...^^;。

自分自身がない人と妥協点を見つけられたとしても、その後の信頼にはつながらない気がします。
...なのになぜ妥協点を探してしまうのでしょうか?

多分、その場の空気を悪くしたくない...という浅はかな感情だと思います。

これまで、その場の空気を全く読まない人とも多く出会いました。
ただ思うのは「その場の空気を全く読まない人」でも自分自身を持っているということです。

自分のように空気を読みすぎて妥協点を見つけるのに四苦八苦する人間より、よほどまともな人間ではないかと思います。

自分は「空気を読んでいる」のではなく、悪くなる「空気を恐れている」のだと思います。
たとえ空気が悪くなったとしても、自分に恥ずかしくないことをしていれば、それはおのずとよい方向に向かっていくものですね。

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